イギリス人の「できる」は信頼できない

わたしはテニスが趣味です。全仏オープンはナダルが初戦敗退して残念でしたが、白熱した戦いでした。決勝はすごかった。あ、ちなみに、イギリスでは基本的に「Roland Garros」って言います。「全仏オープン」という人はあまりいない(はず。※サンプル数不足)。

イギリスはウィンブルドンがあることもあり、テニスが盛んです。サッカーに比べたら全然ですが。パブでは全仏オープン決勝より、U20ワールドカップが優先されて放映されています。

テニスは、どちらかというと、経済的に余裕のある中年以上の人の趣味になっている模様。サッカーやラグビーができる若い年齢の人は、そちらに流れている印象です。

あと、テニスはまともに試合ができるようになるまでに、2年、3年を要します。わたしは、1年で試合デビューしましたが、これはわたしに才能があったわけではなく、効率的に上達したかったので、日本で通っていたテニススクールで週2のグループレッスンに加え、プライベートレッスンを受けていたからです。お金で時間を買いました。

「強く」なれるかは別として、知識と技術のあるコーチから直接コーチングを受ければ、ある程度までは練習時間に比例して「上手く」はなれます。でも、強いのと上手いのは別。

そう、日本にいるときは、テニスを楽しみに生きていました。去年のGWなんて、毎日テニスしてました。絶対にコーチ陣に「この子、彼氏いないな」と思われていただろうなあ。

しかし、今は、日本にいるときほど、テニスを楽しめていません。それは、同レベルの練習相手が見つからないから。

わたしはいつでもテニスの練習相手を募集中で、相手してくれる人はたくさんいます。そして、彼らは「自分はラリーもできるし、サーブもできるし、試合もできるよ!」と言います。

でも、実際にプレーしてみると、できない。日本のテニススクールでは初級クラスを卒業できるかどうかのレベルで、自信たっぷりに「できる」と言うんですよね。

わたしはそれほど上手いわけではなく、日本のテニススクールでは中級に入れるかどうか、というレベルですが、これくらいのレベルの人はすでに練習相手がいて、新たに練習相手を募集していません。

これはテニスに限らず、他のスポーツでも同じようです。知人がソフトボールをしているのですが、「どこでも守れるよ!」という人は、基本的にどこも守れない人が多いようです。それはそのはずで、野球ではポジションの役割がそれぞれかなり異なっているから、「どこでも」できるわけはないですよね。

自分が得意なポジションでプレーしたほうが楽しいはずなので、「ピッチャーがいい」「レフトがいい」などと指定するのが普通ではないでしょうか。わたしも、テニスのダブルスではアドバンテージサイドがいいもんなあ。

ポーカーなどで、悪い持ち札なのに自信たっぷりの行動をすることを「ブラフ」と言いますが、このブラフのようなものがイギリス人には非常に多い。ギャンブル大国のイギリス故なのか。アメリカにも多いですね。大企業で働いていたと自信たっぷりに言っている人が、それは実は清掃員のバイトだった、なんてケースには何回か遭遇しました。

でも、ポーカーではブラフが有効であることはゲーム理論的に証明されているので、ポーカー以外のスポーツや処世術としてもブラフは有効なのだと思います。

イギリス人の「できる」は信頼しないほうがよい場合が多いと学びました。

一方で、実際にテニスができる人に会うと、「長くプレーしてはいるけれど、自分はそれほどのレベルではない」「子供の頃はたくさんしていたけど、今は全然だ」などと謙遜して言う人が多い。

つまり、できない人こそブラフという戦略をとるわけで、本当にできる人は、自分を冷静に分析しているし、かつブラフ戦略をとる必要がないということなのでしょうか。

よって、わたしは「テニスができる」と言う人とは、いくらテニス歴が長くてもテニスをしなくなりました。10年テニスをしていても、月に1回だったら、年に12回。120回程度練習しただけではテニスは中級レベルにもなれません。

というわけで、ロンドンで、テニス仲間、募集中です。

コメント

  1. ブログ拝見しました。アメリカ滞在時、アメリカ人はブラフばかりだなと思いました。私は会計学が専攻なので、留学中、アメリカ人の学友と試験勉強に励み、少なからず、学友を頼りにすると私より理解力に劣り、頼りにならない事、多々ありました。ロンドン滞在時、似た経験すると英米人は同じだと感じたの思い出しました。興味深いブログありがとうございました。またブログ楽しみにしております。