電卓があるから暗算できるようになる必要はない?

今日は、朝、コーヒーが切れていました。わたしは毎朝コーヒーを飲むので、これは一大事。

わたしの家の周りにはコンビニやスーパーがありますが、大手チェーンではありません。日本でも、地方のローカルな商店街にたくさんあった個人経営の商店という感じです。

こういう店は日本ではほとんど絶滅危惧種ですね。わたしの実家の近くの小さな商店街も、小学生の時は、ロンドンの小さな駅前の商店街程度には繁栄していましたが、大学生になって3年ぶりに帰省したときに、完全にシャッター街になっていました。

ロンドンによくある小さな商店街

こういう個人経営のお店は商品の入れ替わりが遅いので、新鮮でなかったり、賞味期限が近かったり、注意して買わなければ賞味期限が切れていたりすることも。または、賞味期限切れの商品をセール価格で売っていたりもします。フードウェイストをなくすのはよいことですが、日本では考えられませんね。

そういうわけで、わたしは大手チェーン店でしか買い物はしません。ティッシュペーパーくらいは買いますが、食料品は買わない。賞味期限が1年で設定される商品を、11ヶ月の残りの賞味期限のものを買うのと、2ヶ月のものを買うのでは、味の質に影響が出てしまうからです。(こうして、個人経営のお店が潰れていくのだろうけれど……)

最寄りの大手スーパーは徒歩10分。往復20分は時間の無駄です。20分最低賃金でバイトしても約3.8ポンド、つまりコーヒービーンズ一袋分が買えてしまいます。20分あれば、今日のブログも書き終えてしまう。

そういうわけで、チェーンのスーパーが近くにないので、コーヒーを切らしたら一大事、コーヒーはいつも余分に買いだめしていましたし、少なくとも使い切る少し前には用心していました。

しかし、今回はコーヒーが切れていることすら認識しておらず、朝起きて、コーヒーを淹れようとして「あ、ない(絶望)」。注意散漫、油断大敵。

なぜこのようなことになったのか。

最近、家から徒歩2分程度の場所に、チェーンのスーパーがオープンしたんです。そのため、買い物がしやすくなりました。だから、用心しなくなってしまったんですね。スーパーが近くにないときは、準備が良かった。備えあれば憂いなしだった。でも、今はいつでも買いに行けるので、頭を働かせなくなったというわけです。

なので、今朝はてくてく歩いてコーヒー豆を買いに行きました。

そして、無事、ミッション完了! かと思いきや、間違えてデカフェのコーヒー豆を買ってしまいました。帰り道、レシートを見て気づきました。わたしはカフェインが効かない人なので、気づいていなければプラセボ効果が発揮されたので同じことだっただろうけれど、知ってしまっては意味がありません。

パッケージに「(もちろん英語で)デカフェ」の記載はありましたが、斜め上に小さめに表示されてあるだけ。中央には書いてありません。不親切ですね。でも、わたしの注意散漫も一因です。すぐに買いに戻ればよいので。そして、買いに戻りました。めでたし、めでたし。

生活が便利になると、頭を働かせなくなりますね。AIを使うことなんてその筆頭。これは「頭を働かせなくてよくなった」ととらえることもできるし、「頭を働かせなくてもよくなって、能力を開発させる必要がなくなって、ヒトが賢くなくなる」とネガティブにもとらえられます。

暗算が速いと買い物や賭け事など特定の状況で得をすることが多くなるでしょうが、電卓が普及してから大変な暗算の練習をする必要はなくなったし、計算ミスも起こらなくなりましたし、高度な計算をだれもができるようになった。どちらがいいのでしょうか。暗算が超絶得意な友人は、ブラックジャックで大もうけしたらしいです。

コメント

  1. りなさんのブログ見ました。久しぶりな感じです。一先ず、ブログありがとうございます。確かに今は暗算しなくなりましたが、現在はスマホの計算機能で大概の事は済みますね!年金積立や健康保健料の支払金の計算は、毎回、スマホで済ませます。私はコンビニでの支払いは概算を暗算しますが。子供の頃はそろばん塾が有りましたが、今はないですね!時代の変化ですね。
    ブログありがとうございました。ごきげんよう。

  2. 昨日ブログ来ず、過去ブログ見て、りなさんのフリーランスに成られました経緯を記事たブログ読み、りなさんと自分が同類であると気付き、その点、コメント欄に期しました。なぜりなさんに個々まで関心あるのか今まで私には不明でしたが、合点がいった次第です。引き続き宜しくお願い申し上げます。ごきげんよう。